字幕表 動画を再生する 審査済み この字幕は審査済みです 字幕スクリプトをプリント 翻訳字幕をプリント 英語字幕をプリント Hi, I'm Craig. I eat popcorn like this. 今日は、クレッグです。僕はこんな感じでポップコーンを食べます。 And this is a Mental Floss video. Today, I'm gonna answer Bradley Stein's big question: こちら『メンタルフロス』の動画です。今日はブラッドリー・スタインさんの質問にお答えしましょう。 How did eating popcorn become a custom at movie theaters? 映画館でポップコーンを食べることはどのように習慣化していったのか? Nowadays, movie theaters depend on popcorn. 最近では、映画館はポップコーンに依存しています。 They earn about 85% of their profits and 40% of their total revenue from concessions. 利益の 85 %と総収益の 40 %を売店のポップコーンから得ています。 But that wasn't always the case. でも最初からこうだったわけではありません。 Today, I'm gonna tell you how the tradition got started. Let's get started. 今日はどのようにしてこの伝統が始まったのかお教えします。では行ってみましょう。 Popcorn as a snack gained popularity in the US during the 19th century. 19 世紀頃のアメリカで、ポップコーンは人気のスナックでした。 It quickly became associated with the places where it was sold, like fairs and circuses. フェアやサーカス会場で売られていた為、フェアやサーカスといった場所とポップコーンがすぐに結び付けられるようになりました。 It was easy to make and transport for these events. 簡単に製造してイベント会場に運搬することが出来ますから。 The first steam-powered popcorn maker was invented in 1885. 蒸気で稼働する最初のポップコーンメーカーは 1885 年に発明されました。 Eating popcorn in movie theaters, on the other hand, wasn't a custom yet—probably because there wasn't movie theaters yet. 一方、映画館でポップコーンを食べることがまだ習慣化していなかったのは、おそらくまだ映画館がなかったから。 In 1907, there were around 5,000 Nickelodeon theaters in the US, which were often little spaces the size of a storefront that showed moving pictures for 5 cents. 1907 年にはアメリカに約 5000 ほどの大衆劇場があり、多くは店先ほどの小さなスペースで、5セントで活動写真を上映していました。 It became common for food vendors to set up shop near these theaters. 行商人たちは映画館の近くに店を設置するようになりました。 So food was initially part of the movie-going experience, but that changed when a bunch of huge, classy movie theaters emerged in the 20s. 従って当初、食べることは映画を観に行くことの一部でしたが、1920年代、巨大で古典的な映画館が数多く現れてから状況は変わりました。 There were typically signs posted saying no food allowed at the theaters, and they didn't sell food either. 映画館には決まって飲食禁止と書かれた張り紙が貼られ、食べ物も売られていませんでした。 This was probably because the owners didn't want to deal with messes in their fancy venues, and they also hated fun. オーナーたちはおそらく、おしゃれな会場で食べ物のゴミに悩まされたくなかったのでしょう。楽しむことも嫌いな人たちでした。 Plus, movie theaters were inspired by actual theaters rather than places like the circus. それに、映画館はサーカスのような場所ではなく、本格的な劇場に影響を受けたものでした。 Some of them cost millions to build. 建設に何百万もかかったものもあります。 It wasn't uncommon for them to have antiques, chandeliers, marble columns, and expensive carpets. アンティークのシャンデリア、大理石の柱、それから高価なカーペットがある映画館も珍しくはありませんでした。 Popcorn and expensive carpet are not friends. ポップコーンと高価なカーペットは友達ではありませんね。 Me and popcorn aren't friends, either, because I eat it. 私とポップコーンも友達ではありません。だって私は食べてしまうから。 You don't eat your friends. 普通友達は食べませんよね。 By the 30s, some theater owners were allowing vendors to keep food stands either inside or directly outside. 1930 年代までには、行商人が映画館の内外に屋台を出すことを認めるオーナーも現れる始めました。 One thing that probably helped convince them to do this was that movies now had sound, so eating would no longer be a loud distraction. 理由の一つはおそらく、音声が出るようになった為、物を食べる音がもはや邪魔ではなくなったのでしょう。 Another big factor was the Great Depression; people could afford to see a movie and spend 5 to 10 cents on a bag of popcorn. もう一つの大きな要因は世界大恐慌です。人々は映画を観に行って5~10セント支払い、それにポップコーンを一袋買えるようになった。 Plus, the theater owners benefited financially from having popcorn vendors there because the vendors paid them a daily fee. 更に、行商人たちはオーナーに毎日手数料を支払っていたから、ポップコーンの屋台を設置しておくことは映画館のオーナーにとっても財政的利益があった。 Even with a fee, vendors earned a lot of money quickly. 手数料を差し引いてもなお、行商人たちは瞬く間にたくさんのお金を稼ぐことができていました。 One of the earliest movie theater popcorn vendors was a woman named Julia Braden. 映画館のポップコーン、最も初期の行商人の一人ははジュリア・ブレドンという女性でした。 "The popcorn gal," as no one called her. ポップコーンガールは(誰もそんな風には呼びませんでしたが) She first started a little stand at the Lynwood Theater in Kansas City. カンザスシティのリンウッド映画館で小さな屋台を始めました。 By the early 30s, she'd expanded her business to 4 theaters and started earning $14,400 annually, which is about $336,000 today. でも 1930 年代前半4つの映画館にビジネスを拡大し、年間 14,400 ドル稼ぐようになりました。それは今でいうと 336,000 ドルです。 As I mentioned earlier, this was the Great Depression, so not everyone was profiting like Julia Braden. 先ほど言ったように、大恐慌の時代です。誰もがジュリア・ブレドンのように莫大な利益を得ていたわけではありません。 Some movie theaters started closing, but many were able to stay open thanks to popcorn. 閉鎖する映画館も増えていましたが、ポップコーンのおかげで生き残ることができました。 They lowered the cost of admission and started earning more through their own concession stands, and so a custom was born. 入場料を引き下げて、誰もがジュリア・直営の売店からより多くの収入を得るようにしました。ある習慣の誕生でした。 Thanks for watching Mental Floss video, which was made with the help of all of these popped kernels. 『メンタルフロス』の動画を見てくれてありがとう。今日の動画はこちらの方々のおかげです。 If you have a big question of your own that you'd like answered, leave them below in the comments. I'll see you next week. 他に答えが知りたい質問がありましたら、下のコメント欄に書いてください。ではまた来週。
B1 中級 日本語 米 ポップコーン 映画 オーナー サーカス ジュリア 屋台 【英語で雑学】なぜポップコーンと映画はセットになったの? 61021 2715 陳怡平 に公開 2019 年 01 月 29 日 シェア シェア 保存 報告 動画の中の単語