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  • When Homer's Iliad was first written down in the 8th century BCE,

    ホメロスのイーリアスが書かれたのは紀元前 8 世紀のことで、

  • the story of the Trojan war was already an old one.

    トロイ戦争のお話はもうすでに大昔のことでした。

  • From existing oral tradition,

    言い伝えにより、

  • audiences knew the tales of the long siege,

    観衆たちはその長期に渡った包囲攻撃の伝説と、

  • the epic duels outside the city walls,

    城壁の外で行われた壮大な決闘、

  • and the cunning trick that finally won the war.

    それから戦争に打ち勝つことになったずる賢い策略をすでに知っていました。

  • In the end, the magnificent city was burned to the ground,

    最後には、壮大な都市は焼き滅び、

  • never to rise again.

    二度と復興されることはありませんでした。

  • But had it ever existed?

    しかし都市は本当に存在したのでしょうか?

  • By the time the field of archaeology began to take shape in the 19th century,

    19 世紀に考古学の学問分野が形になり始めた頃、

  • many were skeptical, considering the epic to be pure fiction,

    多くの人々は懐疑的で、その叙事詩はフィクションであり、

  • a founding myth imagining a bygone heroic era.

    過去の英雄の時代を想像する起源神話だと見なしていました。

  • But some scholars believed

    しかし一部の学者たちは、

  • that behind the superhuman feats and divine miracles

    超人の功績や神による奇跡の裏には、

  • there must have been a grain of historical truth -

    ひとかけらの歴史的真実が隠れているだろうと信じていました。

  • a war that was really fought,

    つまり本当に戦われた戦争と、

  • and a place where it happened.

    戦争が起きた場所です。

  • Frank Calvert was one such believer.

    フランク・カルヴァートはその一人でした。

  • He had spent his youth traveling and learning about ancient civilizations

    彼は若い頃、旅をしながら古代文明について学び、

  • before accompanying his brother Frederick

    その後彼の兄弟のフレデリックの

  • on a diplomatic mission to the northwest Anatolian region of Çanakkale.

    チャナッカレの北西アナトリア地域への外交任務に付き添いました。

  • It was here that Homer described the Greek encampment

    ホメロスがギリシア陣営について記述したのは、

  • at the mouth of the Scamander river.

    まさしくここスカマンドロス川の河口でした。

  • And it was here that fate brought Frank into contact

    ここで運命的にフランクは

  • with a journalist and geologist named Charles Maclaren.

    記者で地理学者でもあるチャールズ・マクラーレンに出会います。

  • Locals and travelers had long speculated

    地元の人々と旅行者は

  • that Troy might've stood on one of the surrounding hilltops.

    トロイは周囲の丘の上に存在したと推測していました。

  • But Maclaren had been one of the first

    しかしマクラーレンは初めて

  • to publish a detailed topographical study of the area.

    この地域の詳細な地形学的研究を発表した人の一人でした。

  • He believed he had found the site

    彼はトロイが存在した場所を見つけたと信じていました。

  • a 32-meter mound known by the name Hisarlık,

    それはヒサルルクの名で知られる 32 メートルの塚で、

  • derived from the Turkish word for "fortress."

    ヒサルルクはトルコ語の「要塞」に由来しています。

  • Soon after meeting with him in 1847,

    1847 年に彼に会った直後、

  • the Calverts bought 2,000 acres of farmland

    カルヴァートは 2,000 エーカーの農地を買いました。

  • that included part of the hill.

    土地内にはこの丘が含まれていました。

  • Before they could explore any further,

    さらなる調査を始める前に、

  • the Crimean War broke out

    クリミア戦争が勃発し、

  • and forestalled their archaeological ambitions for several years.

    数年間この考古学的野心は妨げられました。

  • After the war's end,

    戦争が終結すると、

  • Frank Calvert began to survey the site,

    フランク・カルヴァートはこの場所の調査を始めましたが、

  • but lacked the funds for a full excavation.

    全面的な発掘調査をするための予算が欠けていました。

  • This was where the wealthy German businessman

    ここである裕福なドイツのビジネスマンと

  • and amateur archaeologist Heinrich Schliemann came in.

    アマチュア考古学者ハインリヒ・シュリーマンが現れます。

  • At Calvert's invitation,

    カルヴァートの招待を受け、

  • Schliemann visited the grounds in 1868, and decided to excavate.

    シュリーマンは 1868 年に発掘現場を訪れ、発掘をすることを決めます。

  • Eager to find the ancient city,

    古代都市を一刻も早く発見したく、

  • Schliemann tore massive trenches all the way to the base of the hill.

    シュリーマンは丘のふもとまで巨大な溝をいくつも掘り起こしました。

  • There, he uncovered a hoard of precious artifacts,

    彼は貴重な遺物や

  • jewelry,

    宝飾品、

  • and metalwork,

    金属細工品の貯蔵を発見しました。

  • including two diadems and a copper shield.

    その中には王冠と銅製の盾が含まれていました。

  • Schliemann took full credit for the discovery,

    シュリーマンはその発見を全て自分の手柄とし、

  • announcing that he had found Troy

    彼がトロイと

  • and the treasure of its king Priam.

    プリアモス王の財宝を発見したと発表しました。

  • But the real treasure was elsewhere.

    しかし本当の財宝は別の場所にありました。

  • When later archaeologists studied the site,

    その後の考古学者たちが発掘現場を調査すると、

  • they realized that the mound consisted of no less than nine cities,

    塚は 9 つもの都市からなり、

  • each built atop the ruins of the last.

    各都市はそれ以前の廃墟の上に建てられていることを発見しました。

  • The layer Schliemann had uncovered dated back to the Bronze Age,

    シュリーマンが発見した層は青銅器時代に遡るもので、

  • more than 1,000 years too early for Homer.

    ホメロスより 1,000 年早いものでした。

  • But inside the mound was indeed evidence

    しかし塚の中には確かに

  • for a city that had thrived during the Mycenaean Age,

    ミケーネ時代に繁栄した都市が存在したことを示す証拠がありました。

  • with charred stone,

    中には焦げた石、

  • broken arrowheads,

    破損した矢じり、

  • and damaged human skeletons suggesting a violent end.

    損傷した人間の骨がその悲惨な最期を示します。

  • It was Troy VII, contained in the middle layers

    それはトロイ第 7 であり、中間層に含まれており、

  • and now ravaged for a second time by Schliemann's careless excavation.

    シュリーマンの不注意な発掘調査によって再び破壊されました。

  • The settlement, spanning some 200,000 square meters

    この都市は 200,000 平方メートルに及び、

  • and home to as many as 10,000 people,

    10,000 人もの人が住み、

  • thrived until around 1180 BCE.

    紀元前 1180 年頃まで繁栄しました。

  • Its position at the southern entrance of the Dardanelles strait

    ダーダネルス海峡の南の入り口に位置するため、

  • would've made a formidable strategic location for both defense and trade.

    防衛と商業において手強く戦略上有利な立地であったことでしょう。

  • Most importantly, there are the remains of a massive fortification wall

    最も重要なことは、それは巨大な要塞壁の遺跡であることです。

  • perhaps the very same one

    もしかするとまさしくその上で

  • from which Priam and Hector once watched the Greeks approach.

    かつてプリアモスとヘクトルがギリシアが接近してくるのを見張ったのかもしれません。

  • Of course, it's difficult to be certain

    もちろん、

  • that these ruins are the true remains of ancient Troy,

    この廃墟が本当の古代トロイの遺跡であるとは断言できません。

  • and scholars still dispute

    また学者たちはまだ

  • whether the Trojan War as described by Homer ever happened.

    ホメロスに描写されたトロイ戦争は本当に起きたのか議論しています。

  • Yet the evidence is strong enough

    しかし証拠は十分であったので、

  • that UNESCO has labelled Hisarlık the archeological site of Troy.

    UNESCO はヒサルルクをトロイの遺跡と認めました。

  • Regardless of its identity,

    その正体は何であれ、

  • thanks to persistence,

    粘り強さと、

  • a bit of faith,

    少しの信念、

  • and a lot of research,

    それから大量な研究調査のおかげで

  • archaeologists are bringing the long-buried secrets

    考古学者たちは長く埋もれた

  • of an ancient, lost city to light.

    隠れた古代都市の存在を明るみに出しています。

When Homer's Iliad was first written down in the 8th century BCE,

ホメロスのイーリアスが書かれたのは紀元前 8 世紀のことで、

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古代トロイは本当に存在したのか?- エナヴ・ザミール・デンビン (Did ancient Troy really exist? - Einav Zamir Dembin)

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    michelle   に公開 2021 年 01 月 14 日
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